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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)5061号 判決

原告(反訴被告)

松原清

右訴訟代理人

朝山善成

被告(反訴原告)

岩井証券株式会社

右代表者

河辺清

右訴訟代理人

天野一夫

吉永透

天野陽子

天野実

被告

南育宏

右訴訟代理人

直江達治

主文

一  被告南育宏は、原告(反訴被告)に対し、金三一三八万三〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年九月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)岩井証券株式会社に対し、金二一一九万二九五一円及びこれに対する昭和五四年七月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)岩井証券株式会社に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その七を原告(反訴被告)の、その余を被告南育宏の各負担とする。

五  この判決は、第一、第二及び第四項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一1  被告会社が証券取引法に定める証券業を営むことを目的とする株式会社であること及び被告南が被告会社の従業員で被告会社のいわゆる歩合外務員であることは、原告と被告らとの間において争いがない。

2  原告が別表(一)記載の各買付け年月日に被告南を通じて同表記載1及び2の株式については内藤証券に委託して、同表記載3ないし45の株式については被告会社に委託してそれぞれ同表記載の各買付け価額及び手数料で買い付けたことは、原告と被告南との間においてすべて争いがなく、原告と被告会社との間においては同表記載1及び2の株式の買付けの点を除いて争いがない。

二右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事業を認めることができ、〈反証排斥略〉、他に右認定を左右するに足りる証拠はない(なお、被告南は、前掲甲第一三、第一四号証の各一ないし四は昭和五四年七月一八日に原告が被告南から別表(二)記載の株式の株券を奪い取つた際に株券と一緒に奪い取つたものであるから、いずれも違法に収集された証拠としてその証拠能力を否定すべきであると主張するが、後記認定のように、原告が右各書証を原告から奪い取つた事実は認められないから、被告南の右主張はそもそも理由がない。)。

1  原告は、昭和四三年ころから昭和四八年ころまでいわゆるディスコを経営し、次いで昭和四九年八月ころから今日に至るまでペンダントの製造、販売を営む株式会社クロス商会を経営している者であり、昭和四四年ころから証券会社を通じて株式取引をしていたが、昭和四七、八年ころ、当時内藤証券の社員外務員をしていた被告南と知り合い、内藤証券での株式取引を被告南を通じて行うようになった。ところが、被告南は、昭和四九年一二月に内藤証券を退社し、昭和五〇年一月から被告会社の歩合外務員として勤務するようになり、これに伴い、原告は、株式取引の取引先を内藤証券から被告会社に変え、被告南を通じて被告会社で株式取引を行うようになつた。もつとも、原告は、昭和五〇年から昭和五三年一月ころまでの間は、株式の買付けはせず、専ら手持ちの株式を売却し、売却代金を他への金融のための資金として用いていた。被告南は、この間、原告に貸付け先を紹介したり、原告からその預金通帳及び印鑑などを預けられたうえ、貸付けの実行や貸付金の回収をするなどして原告の金融業の手助けをしていた。

2  原告は、右金融により、当初約五〇〇〇万円だつた貸付け資金を昭和五二年末ごろまでに約一億円にまで増加させたが、その後貸付金の回収がうまくいかず、いわゆる焦付きを生ずることが目立つてきたことから、昭和五三年一月ころ、金融に見切りをつけて、再び株式取引により利殖を図ることとし、被告南に対し、被告会社で株式の買付けをしてその株券を被告会社の保護預かりにしておいてほしいと告げた。これに対し、被告南は、買い付ける株式の株券を保護預りにしておいても一銭の利息も付かない、それよりも、株券を大阪証券信用株式会社などの証券金融会社に預けて運用させれば、株券の時価に対して日歩四銭の運用利息の支払を受けられるし、預けた株券を担保にして右会社から融資を受けることもできるから有利である、自分は被告会社の投資顧問であり顧客にもうけさせるのが仕事であると言つて、原告に対し、買い付けた株式の株券を証券金融会社へ預託して運用することを勧めた。原告は、被告南の右説明を信用してこれを承諾し、被告南に対し、原告が被告会社で株式を買い付けるたびにその株券を被告会社から受け取つて証券金融会社へ運用のため預託すること及び証券金融会社から支払われる運用利息を受け取つてこれを原告に支払うことを依頼した。ところが、現実には、証券会社は、顧客に対して、その所有する株式の株券を自己又は他の会社に運用のため預託させ、これに対する運用利息を預託者に支払うような業務は行つておらず、証券金融会社も、同様に、運用のため株券の預託を受けて運用利息を支払うという業務を行つておらず、被告南は、原告の右依頼に基づいて、まず、既に原告が内藤証券に委託して買い付けていた別表(一)記載1及び2の株式の株券を原告から預かり、次いで、昭和五三年一月一〇日から昭和五四年五月二四日までの間に、原告が被告南を通じて被告会社に委託して買い付けた同表記載3ないし45の株式をそれぞれ買い付けた都度順次原告に代わつて被告会社からその株券を受け取りながら、右各株券をいずれも原告から預かり又は被告会社から受け取つた直後に金融業者である扶桑に対して自己の扶桑に対する借入金の担保として差し入れてしまつた。

3  原告は、昭和五三年一〇月ころ、買い付けた株式の量が増えてきたので、被告南に対して株券を預託している証券金融会社の預かり証を交付するよう要求したところ、被告南は、扶桑名義の預かり証(甲第三号証)を持つて来たので、原告は、初めて自己の買い付けた株式の株券が扶桑に預けられていることを知つた。そこで、原告が、預託先が被告南の説明していた大阪証券信用株式会社と違うことについて問い質したところ、被告南は、扶桑もかなり大きい証券金融会社でしつかりしたところであると答えた。また、右預かり証が被告南あてになつており、かつ、「下記物件は用立金の担保として不履行の節は、当方に於て任意処分承諾の下に正に御預り致しました。」との記載があつたので、原告が、この点につき不審に思い、問い質したところ、被告南は、税金対策上原告あての正式の預かり証は書けないことになつていると説明した。そのため、原告は、これまで被告南の手助けにより金融業による利益をあげてきた事情もあり、あまり深く追及することは被告南との関係を気まずくすることになると判断して、それ以上の追及はしなかつた。そのため、原告は、この時は、被告南が原告の株券を被告南の借入金の担保として扶桑に差し入れていることに気付かず、扶桑もまた証券金融会社であつて、被告南は原告の株券を扶桑に運用させるため預けているものと誤信していた。

4  原告は、その後も昭和五四年五月まで、扶桑に原告の株式を運用させるために、被告会社に委託して株式を買い付け、被告南に対し、原告に代わつてその株券を扶桑に預託することを任せていたところ、そのころ、原告の友人である南田和夫から被告南の挙動に不審があるので調査をした方が良いと勧められたことから、被告南に対し、扶桑に実際に原告の株券が預けられているかどうか確認をしに行きたいと申し出て、同年六月一二、三日ころ、被告南とともに扶桑に赴いた。ところが、扶桑に行つてみると、扶桑は、原告の予想に反して、約八畳ほどの小さな部屋に事務机が二、三個と応接セットがあるだけの小規模の会社であつた。原告は、ここで、扶桑の宮崎某と会い、同人から、扶桑が被告南を通じて原告の株券を預かつていることの確認を得るとともに、その預かつている株式の銘柄と数量とを書いた覚書(甲第四号証)の交付を受けた。しかし、原告は、扶桑が全く予想もしない小規模の会社であつたことから、扶桑による株式の運用を継続することに不安を感じ、同年六月二三日、被告南に対し、扶桑での株式運用はやめるので同年六月三〇日までに株券を原告に返還するよう求めた。被告南は、原告との当初の約束では、原告が株券の返還を請求する場合には一か月前に申し出ることになつていたことから、原告の要求する期限までに株券の返還をすることに難色を示し、原告に対し、株券の返還を一か月待つてほしいと猶予を求めた。しかし、原告は、これに応ぜず、すぐに返還するよう強く求めたので、被告南は、渋々、同年六月三〇日までに返還することを約し、同年六月三〇日までに株券を原告に返還する旨を記載した預かり証(甲第五号証の一)を作成して、これを原告に交付した。

5  被告南は、扶桑から原告の株券の返還を受けるには代わりの株券を扶桑に差し入れなければならなかつたが、代わりの株式を購入するための資金を調達することができず、結局、同年六月三〇日までに原告に対して株券を返還することができなかつた。そこで、被告南は、同年七月三日、原告のもとを訪れ、再度、同年七月中旬まで株券の返還を猶予してほしい旨求めたところ、原告から、その理由を厳しく追及されたため、扶桑に約一億五〇〇〇万円の借入金があり、原告の株券を右借入金の一部に対する担保に差し入れていることを告白した。原告は、この話を聞いて驚いたが、被告南が担保差換えのための証券の購入資金について金策中であり心配はないと種々説明したので、内心では被告南に対する不審感を持ちながらも、この時はこの点について深い追及はしなかつた。

6  ところが、被告南は、その後も原告に対して株券の返還ができないでいたが、同年七月一三日、豊中市千里にある原告のマンションの部屋を訪れた際、原告の追及により、別表(一)記載1、2、6ないし10、16、21、25及び27の東洋工業、川崎汽船、三光汽船、ドリーム観光の四銘柄の株式が担保不足のため既に扶桑によつて売却処分されてしまつていることを告げた。このため、原告は、激怒して、被告南に対し、売却された株式の返却を強く求めたが、その場では結論が出なかつた。そこで、冷静な第三者のもとで話合いをしようと、原告と被告南とは、被告南運転の車で朝山善成弁護士の事務所へ赴き、原告は、同弁護士に対して被告南との間のそれまでの経過を説明したうえ、被告南に対し、再び、処分された株式の買戻しを強く迫つた。その結果、被告南は、株式の買戻しをすることを承諾し、その場で被告会社に電話をかけ、被告会社の歩合外務員の岡田哲夫に対し、三光汽船株式五〇〇〇株、川崎汽船株式三万株、東洋工業株式二万六〇〇〇株及びドリーム観光株式一万株のいわゆる成り行き買いを注文したが、その際、同人に対し、買付け委託の顧客名は松原清(原告)である旨告げ、被告南の机の引出しに住所録があるので顧客のコード番号などはそれで探してほしいと依頼した。岡田哲夫は、右買付けの注文に従い右各株式の買付け手続をし、同日、被告会社は、別表(二)記載の各株式を同表記載の買付け価額及び手数料合計二一一九万二九五一円で買い付け、その後、右売買について、買付け代金支払期日を同年七月一七日とする売買報告書を原告に対して送付し、原告は、そのころ、これを受け取つたが、これについて何らの異議も述べなかつた。

7  原告と被告南は、昭和五四年七月一七日、先に売却された以外の原告の株券がまだ残つているかどうか確認するため扶桑に赴き、右株券が扶桑に残存していることを確認したが、そのあと被告南は、原告の求めにより、原告に対し、「私は株式会社岩井証券の投資顧問及び外務員社員として貴殿に対して貴殿の所有しておる株券及び当社にて買付けた株券を運用する様勧誘しすすめました。それは、株式会社扶桑に株券を貸付けて同社においてこれを運用し株券の時価に対する日歩四銭の割合による運用利益を貴殿に配分するという条件で順次株券を預つていきました。……私は貴殿に対し株券遊ばせていてもしかたがないので……株式会社扶桑に貸付運用させるという約束で貴殿から順次株券を預つていきましたが、私は貴殿に無断で別表すべての株券を株式会社扶桑からの借り入金の担保として、上記株券を流用いたしました。……預つた株券……は私及び株式会社岩井証券に於て責任をもつて貴殿に対し昭和五四年七月三一日までにお返しすることを誓約いたします。」と記載した書面(甲第一二号証)を差し入れた。また、被告南は、原告に対し、同年七月一三日に買い付けた株式の株券を同年七月一八日に引き渡すことを約した。

8  原告は、昭和五四年七月一八日、被告南の右約束に基づき、同年七月一三日に買い付けた株券の引渡しを受けるため、午前一一時ころ、被告会社に赴いたところ、被告南は、原告を外の喫茶店で待たせていつたん社内に戻り、紙袋を持つて再び原告のところへやつて来て、原告とともに右喫茶店から出て、近くにあつた原告の取引先である大阪市信用金庫の顧客用のロビーで株券の受渡しをすることにした。被告南は、右ロビーのカウンターのところで、持参してきた紙袋から別表(二)記載の各株式の株券並びに右株式の名義書換請求書(甲第一三号証の一ないし四)及び株主票(甲第一四号証の一ないし四)を取り出し、右名義書換請求書及び株主票に原告の氏名を記入し原告の印鑑を押捺したうえ、これらを右株券とともに原告に引き渡した。このあと、原告は、外に待たせてあつた車に被告南とともに乗り込み、扶桑に預けてある原告の他の株券の返還交渉をするため扶桑に向かつたが、途中で被告南が扶桑へ行くことを拒否したので、被告南を車から降ろして別れた。

9  なお、被告南は、その後、同年八月三一日付けで被告会社から歩合外務員契約を解除された。

三被告南の責任

1  前記認定によれば、被告南は、原告に対し、株券を証券金融会社に預けて運用させれば運用利息の支払を受けられると説明して、株券を証券金融会社に預託することを勧め、その結果、原告からその買い付けた株式の株券を運用のため証券金融会社に預託するよう依頼され、右依頼に基づき、原告の買い付けた株式の株券を原告又は被告会社から受け取りながら、右株券をいずれも自己の扶桑に対する借入金の担保として差し入れてしまつたこと、その後、原告の要求に基づいて扶桑名義の株券の預かり証(甲第三号証)を原告に提出した際も、原告に対して扶桑も証券金融会社であると述べて、原告に、その買い付けた株式の株券が扶桑に運用させるため預けられているものと誤信させ、引き続き原告の買い付けた株式の株券を扶桑に対して自己の扶桑に対する借入金の担保として差し入れて行つたことが認められる。そして、前記認定によれば、証券会社は、顧客に対してその所有する株式の株券を自己又は他の会社に運用のため預託させ、これに対する運用利息を預託者に支払うような業務は行つていないこと、証券金融会社も、同様に、運用のため株券の預託を受けて運用利息を支払うという業務を行つていないことが認められるところ、被告南は、証券会社の外務員であるから、このことを十分に承知していたものと考えられる。そうすると、被告南は、当初から原告の買い付けた株式の株券を自己の借入金の担保に流用するため右株券を詐取する意図で、その意図を隠して前示行為に及んだものと認めるのが相当であるから、被告南は、原告が被告南の右行為により被つた損害につき不法行為責任を免れないものというべきである。

2  ところで、原告が被告南に対して損害賠償を求めている別表(一)記載3ないし5、11ないし15、17ないし20、22ないし24、26及び28ないし45の株式合計七万株は、前記認定によれば、いずれも、原告が被告会社に委託して買い付けた直後に被告南が被告会社から受け取つて詐取したものであるから、原告が被告南の本件不法行為により被つた損害の額は、右株式の買付け価額相当額であると解するのが相当であるところ、右買付け価額合計が三三九八万六〇〇〇円であることは、原告と被告南との間において争いがない。

3  したがつて、被告南に対し右損害額三三九八万六〇〇〇円のうち三一三八万三〇〇〇円の損害賠償を求める原告の本訴請求は、理由がある。

四被告会社の責任

1  前記認定のとおり、被告南は、原告に対し、自分は被告会社の投資顧問であり顧客にもうけさせるのが仕事であるとして株券を証券金融会社に預託して運用することを勧め、原告は、これに応じたために、損害を被つたものである。そこで、被告南の右行為が客観的、外形的に被告会社の事業の執行につきされたものであるか否かにつき検討するに、証券会社の外務員は、その所属する証券会社に代わつてその有価証券の売買その他の取引に関し一切の裁判外の行為を行う権限を有するものとみなされる(証券取引法六四条一項)ので、外務員の職務権限は証券会社の営業範囲に限定されるものと解すべきところ、前記三で認定したとおり、証券会社は顧客から運用のため株券の預託を受けて運用利息を支払つたり、他の会社に顧客の株券を運用のため預託してその会社から支払われる運用利息を顧客に支払うような業務は全く行つていないこと、証券金融会社も同様に顧客から運用のため株券の預託を受けて運用利息を支払うような業務を全く行つていないことが認められる。したがつて、被告南が証券金融会社に株券を運用のため預託し右会社から運用利息の支払を受けるとの約束のもとに原告からその買い付けた株式の株券を預かる行為は、証券会社の営業の範囲に属せず、外務員の職務権限におよそ含まれないものであつて、外務員の職務権限を逸脱したものであるといわざるをえず、客観的、外形的にみて、証券会社である被告会社の事業の執行につきされたものということはできない。なお、被告南は、被告会社の投資顧問の肩書を用いているが、被告南本人尋問の結果によれば、投資顧問という名称は歩合外務員の別称にすぎないことが認められるから、被告南が投資顧問の肩書を用いていたことは、同被告が歩合外務員が有する以上の職務権限を有することを意味せず、この点は被告南の前記行為が被告会社の事業の執行につきされたものかどうかの判断には影響を及ぼさないものというべきである。

2  したがつて、原告の被告会社に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。〈以下、省略〉

(石井健吾 平澤雄二 阿部正幸)

別表(一)、(二)〈省略〉

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